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東京高等裁判所 平成11年(行ケ)364号 判決

平成11年(行ケ)第157号事件・脱退原告(被参加人)

イーストマン ケミカル カンパニー

代表者

【A】

参加人

シール ド エア コーポレイション

代表者

【B】

訴訟代理人弁理士

【C】

【D】

【E】

被告(被参加人)

特許庁長官【F】

指定代理人

【G】

【H】

主文

参加人の請求を棄却する。

訴訟費用は参加人の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1当事者の求めた判決

1  参加人

特許庁が平成9年審判第11411号事件について、平成10年12月25日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文1、2項と同旨

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

脱退原告は、平成6年8月23日、「EASTAPAK」の欧文字を横書きしてなる商標(以下「本願商標」という。)につき、第1類「原料プラスチック」を指定商品として商標登録出願をした(商願平6-84625号)が、平成9年4月11日に拒絶査定を受けたので、同年7月10日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成9年審判第11411号事件として審理した上、平成10年12月25日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同11年2月3日、脱退原告に送達された。

2  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願商標が、「INSTAPAK」の欧文字を横書きしてなり、第34類「容器裏打ち用ポリエチレンシート及びプラスチックフォーム、その他本類に属する商品」(平成3年政令第299号による改正前のもの)を指定商品とする登録第1750189号商標(以下「引用商標」という。)と、称呼において類似し、かつ、その指定商品も引用商標中の指定商品に包含されるものであるから、商標法4条1項11号に該当し、登録することができないとした。

3  権利の承継

参加人は、平成11年10月27日、脱退原告から本願商標に係る権利の譲渡を受け、同年11月8日、その旨の出願人名義変更届を特許庁に対して提出し、受理されたので、脱退原告が被告を相手方として提起していた上記審決に対する取消訴訟(当裁判所平成11年(行ケ)第157号審決取消請求事件)に権利承継による参加をした。なお、同事件は、脱退原告の訴訟脱退により終了した。

第3参加人主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願商標及び引用商標の構成態様及び指定商品の認定、本願商標と引用商標との称呼の認定及びその対比の一部(審決書2頁16行~3頁12行)は、いずれも認める。

審決は、本願商標と引用商標とが称呼上類似すると誤って判断している(取消事由1)上、上記権利移転の結果、両商標の商標権者が同一人に帰しており、本願商標に対する拒絶理由は解消している(取消事由2)から、違法として取り消されるべきである。

1  取消事由1(称呼上の非類似)

本願商標より「イースタパック」の称呼のみが生じ、引用商標より「インスタパック」の称呼のみが生じるものであり、両商標の称呼が、第2番目の音において、前者が「イ」の長音(引っ張る音)であるのに対し、後者が撥音「ン」である点で差異を有するにすぎないことは認めるが、審決が、「前者の『イ』に続く長音は前音の『イ』に吸収されて必ずしも長音の一音として明確に聴取されず、また、後者の『ン』の音も鼻音であって前音の『イ』に吸収され明確に聴取し難い音である。」(審決書3頁13~17行)と判断したことは誤りである。

すなわち、長音及び撥音それ自体は、独立した1音として必ずしも明確に聴取される音といえない場合があるとしても、その位置する場所の如何によっては、称呼全体に強い影響を及ぼすことがあるものである。

本件の場合、本願商標の「イースタ」の部分は、第2番目の音が前音「イ」を発音したままの状態で引っ張る音であることから、極く平坦に1音節のように発音されるものであるのに対し、引用商標の「インスタ」の部分は、第2番目の音が撥音であることから、語頭の「イ」の音にアクセントが置かれて強く発音され、「イン」と「スタ」の間に明らかな段落(抑揚)が生じ、2音節のように発音されるものである。

そうすると、両商標は、称呼における識別上最も重要な要素を占める語頭部において、それ自体判然と聴別できる「イー」と「イン」の音の顕著な差異を有するだけでなく、いずれも7音構成からなるそれほど冗長なものではないから、それぞれを全体として称呼する場合も、この差異が称呼全体に及ぼす影響は極めて大きく、その語調、語感が著しく相違したものとなるから、互いに聞き誤られるおそれがないものというべきである。

したがって、審決が、「これらの差異が両称呼全体に及ぼす影響は少なく、両称呼をそれぞれ一連に称呼した場合には、全体の語調、語感が相近似し彼此聴き誤るおそれが多いものと認められる。」(審決書3頁18行~4頁1行)と判断したことも誤りである。

2  取消事由2(拒絶理由の解消)

本願商標は、前示のとおり、平成11年10月27日、出願人である脱退原告から参加人へ権利移転され、同年11月8日、その旨の出願人名義変更届が、特許庁に対して提出され、これが受理されたものである。

他方、審決での引用商標は、参加人の名義になるものである。

したがって、本願商標の出願人と引用商標の商標権者とは、同一人に帰したこととなり、本願商標は、商標法4条1項11号所定の「他人の登録商標又はこれに類似する商標」に該当しないこととなるから、審決時における本願商標に対する拒絶理由は解消されたものである。

被告は、審決取消訴訟が、既になされた審決について違法であるとしてその取消しを求めるものであるから、審決の違法の有無を判断する基準は審決のなされた時点と解すべきであると主張するところ、仮に、審決時には拒絶理由が存在したとしても、審決取消訴訟が係属中に拒絶理由が解消された場合には、審決後に生じた事情を考慮し、「瑕疵の治癒」の法理により、審決の違法性判断の基準時は、当該取消訴訟を担当する東京高等裁判所の口頭弁論終結時とすべきである。

しかも、本願商標が登録されたと仮定しても、直接、第三者の権利、利益(例えば、商標選択の範囲が制限されるとか、商品の出所について混同を生じさせ、商標権者や需要者の利益が害されるなど)を害するものでなく、商標法の趣旨に反するものでもない。

第4被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であって、参加人主張の取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

本願商標より生じる「イースタパック」の称呼と、引用商標より生じる「インスタパック」の称呼とは、長音を含む6音構成よりなるところ、「イ」「ス」「タ」「パッ」「ク」の5音を同じくし、第2音目において、前者が「イ」の長音(ー)であるのに対して、後者が「ン」と相違するものである。そして、前者の「イ」の長音は独立した1音として明確に聴取され得ないものであり、また、後者の「ン」の音も、「前舌面を軟口蓋前部に押しあて、又は後舌面を軟口蓋後部に押しあてて、有音の気息を鼻から漏らして発する鼻音」であるから、それらの音が第2音目に位置するような場合には、聴者に語頭の「イ」と後半部の「スタパック」の音のみが聴取され、相違する部分の「イ」の長音(ー)及び「ン」は、極めて微弱で聴取され難い。

したがって、両商標を一連に称呼した場合、全体の語調、語感が極めて近似し、これらを互いに聴き誤る場合が少なくないから、この点に関する審決の判断(審決書3頁13行~4頁1行)に誤りはない。

2  取消事由2について

本願商標が、脱退原告から参加人へ権利移転され、引用商標の商標権者と同一人に帰属するに至ったことは認める。

しかし、審決取消訴訟は、あくまで既になされた審決が違法であるとしてその取消しを求めるものであるから、審決の違法の有無を判断する基準時は、審決のなされた時点と解すべきであり、その後の後発的事由によって判断すべきものではなく、審決時に合法であったものが、後日起因した特殊な事情によりその判断が覆るものでもない。従前の判例においても、審決の違法性判断の基準時は、審決の時点であると解されてきた(参考資料1~7)。

そして、参加人の行った当該名義変更は、その効力が遡及するものでないから、本願商標に対する拒絶理由が消滅するものではなく、その事実によって、適法になされた先の審決が違法となるものでもない。

したがって、本願商標の出願人が、本願商標と引用商標とが類似であると判断した場合には、本願商標に関する審判の判断が下される前に、商標権の譲渡等を済ませ拒絶理由の解消に努めるべきであり、審決後の譲渡手続によって審決が遡及して違法になるものではなく、原告の主張は、時期に遅れたものであり失当である。今回のように、審決後に本願商標と引用商標の権利者が同一人に帰したということであれば、参加人としては、再出願によって対処すべきでないかと考える。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(称呼上の非類似)について

審決の理由中、本願商標及び引用商標の構成態様及び指定商品の認定は、当事者間に争いがなく、本願商標の指定商品は引用商標の指定商品中に包含されるものと認められる。

また、本願商標より「イースタパック」の称呼が生じ、引用商標より「インスタパック」の称呼が生じるものであり、両商標の称呼が、ともに6音構成よりなるところ、「イ」「ス」「タ」「パッ」「ク」の5音を同じくし、異なるところは、前者が語頭音の「イ」に長音が伴うのに対して、後者が語頭音の「イ」に続く第2番目の音が「ン」である点にすぎないこと(審決書2頁16行~3頁12行)も当事者間に争いがない。

上記の相違点について検討するに、本願商標の「イ」に続く長音は、前音の「イ」を長く引き延ばしただけであって、独立の1音として明確には聴取されず、また、引用商標の「ン」の音も、母音を伴わずに有音の気息を鼻から発するにすぎない鼻音であって、前音の「イ」に吸収され、同様に独立の1音として明確に聴取され難い音であると認められる。したがって、両者はいずれも、音声上、明瞭に区別されるものではなく、その差異は称呼全体に大きな影響を及ぼすものではないといわなければならない。

参加人は、本願商標の「イースタ」の部分は、第2番目の音が前音「イ」を発音したままの状態で引っ張る音であることから、極く平坦に1音節のように発音されるものであるのに対し、引用商標の「インスタ」の部分は、第2番目の音が撥音であることから、語頭の「イ」の音にアクセントが置かれて強く発音され、「イン」と「スタ」の間に明らかな段落(抑揚)が生じ、2音節のように発音されるものであるから、この差異が称呼全体に及ぼす影響は極めて大きいと主張する。

しかし、6音構成中、語頭の「イ」と後半部の「スタパック」の音を共通にする両商標は、これを一連に称呼する場合、その語調、語感が極めて類似したものとなることが明らかであり、参加人主張のような若干の相違が、発音の面において生じるとしても、その程度の相違が前示の称呼上における多くの共通点を凌駕して、両商標が明瞭に区別できるものとは到底認められないから、この主張を採用する余地はないものといわなければならない。

したがって、この点に関する審決の判断(審決書3頁13行~4頁1行)に誤りはなく、両商標が称呼において類似する商標とする審決の判断は正当なものというべきである。

2  取消事由2(拒絶理由の解消)について

本願商標が、平成11年10月27日、出願人である脱退原告から参加人へ権利移転され、同年11月8日、その旨の出願人名義変更届が特許庁に対して提出され、これが受理されたこと、審決での引用商標は、参加人の名義になるものであること、したがって、現時点において、本願商標の出願人と引用商標の商標権者とが、同一人に帰していることは、当事者間に争いがない。

参加人は、上記の結果、本願商標が、商標法4条1項11号所定の「他人の登録商標又はこれに類似する商標」に該当しないこととなり、審決時における本願商標に対する拒絶理由は解消されたものであると主張する。

ところで、審決取消訴訟は、既に行われた行政処分である審決が違法であるとしてその取消しを求めるものであるから、審決の違法の有無を判断する基準時は、行政処分である審決のなされた時点と解すべきであり、原則として、処分後の後発的事情を斟酌してその当否を判断すべきではないものと認められる。ただし、審決後に生じた事由であっても、例えば、特許権の無効審決取消訴訟の係属中に、当該特許権について特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正審決(特許法126条)が確定したことに伴い、出願時に遡って当該発明の要旨認定が誤りとなる場合(最高裁判所平成11年3月9日第3小法廷判決・民集53巻3号303頁、同平成11年4月22日第1小法廷判決・判例時報1675号115頁参照)のように、当該事由の効力が、少なくとも処分時である審決時まで遡及する性質のものについては、これに基づいて審決の当否が影響を受けることがあるものといわなければならない。

しかしながら、本件のように商標に関する権利の承継は、その旨の届出がなされることにより効力が生じるものであり、その権利承継の効力が審決時ないし出願時まで遡及するものではないから、既に行われた行政処分である審決の当否を左右するに足る事由と認めることはできない。

したがって、審決後において、本願商標が出願人である脱退原告から参加人へ権利移転され、その旨の出願人名義変更届が特許庁に提出されてこれが受理され、本願商標の出願人と引用商標の商標権者とが同一人となったからといって、審決時における本願商標に対する拒絶理由が解消されるものではなく、審決の違法性判断の基準時が、当該審決取消訴訟を担当する東京高等裁判所の口頭弁論終結時であるとする点を含めて、参加人の主張を採用する余地はない。

また、参加人は、本願商標が登録されたと仮定しても、直接、第三者の権利、利益を害するものでなく、商標法の趣旨に反するものでもないと主張するが、審決取消訴訟の性質及び構造は前示のとおりのものであり、個別的な利害関係の有無によってこれが左右されるものでもないから、上記の主張も採用することができない。

3  以上によれば、審決が「本願商標は、商標法第4条第1項第11号に該当し、登録することができない。」(審決書4頁6~7行)と判断したことに誤りはなく、その他審決にこれを取り消すべき瑕疵はない。

よって、参加人の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告及び上告受理の申立てのための付加期間の指定につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

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